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広島 スタジアム問題について ~だんごファーム別館~

元サンフレッチェファンが思うこと

【広島 スタジアム問題 1】 ”元”サンフレッチェファンとして、クラブに対して思う事。

今日、サンフレッチェの独自案の詳細が発表された。やっぱりこの程度しか出なかったかというのが率直な感想。「民間ならやり直しさせられるレベル」と作業部会の資料を痛烈に批判していたうえ、前回の発表から2ヶ月以上も経っている。それなりに期待もしていたのだが、今のクラブにはこれ以上を描ける人はいないということなのだろう。「スタジアムを寄付する」と言えば聞こえは良いが、固定資産税などの税金逃れと見られてしまうのは避けられない。その他細かい部分をいちいち指摘しても仕方が無いので、それはしないが、ようはそこを責任を負って運営するだけの力が無いということだ。

 

 

元々、前のブログをやめたのは、サンフレッチェ広島による一連のスタジアム問題によってクラブを支持することが出来なくなったためだ。以前のブログは、これ以上ないくらいクサい言葉でいえば”サンフレッチェ愛”をテーマにして書いていたので、気持ちが離れてしまった以上は書くべきでないと判断した。そして、それなりにサンフレサポの読者がついていたあのブログでクラブの批判などしたくもなかった。

しかし、一歩離れたところから見ていると、今まで見えなかったものも見えてくることがある。どのみちこんなブログなんて読者はいないので思うように書ける。後述するが、サンフレッチェ界隈において、クラブの方針を支持しない者はファンとは認められないらしい。以下は、”元”サンフレッチェファンのスタジアム問題に対する思いだ。

 

 スタジアム問題が市民の関心事とならなかった理由

ここまで来ても、とうとうサンフレッチェのスタジアム問題は一般市民の関心事とはならなかった。この問題についての市民間の関心の差は大きく、一部ではそれに命を懸けるほどの情熱を燃やしている人もいるが、一方では全く興味が無い、どうでもいいという人も多い。というよりは、周囲でスタジアム問題を問いかけても断然後者のパターンが多い。

なぜ、この問題は最後まで市民を惹きつけることが出来なかったのか。跡地建設を願う人の多くは「地元メディアが癒着してスタジアム問題を報道しないように仕向けているのが一番の問題」とする向きが多く、批判の的はもっぱら広島最大のメディアである中国新聞だ。確かにそれも盛り上がらない要素の一つではあるだろうが、本質的な部分では違う。メディアの援護射撃が無いと盛り上がらないような状況を作りだしているのはクラブ自身だ。サンフレッチェ広島が"地域密着"というJリーグの理念を忘れ、自治体に批判の矛先を向けながら、建設場所執着する姿勢そのものに違和感を覚える人が多いからではないか。

そもそも、跡地には周辺に経済効果を波及させる3万人規模の”複合型スタジアム”の建設を目指し、周囲にも経済効果を波及させる”スタジアムは街づくり”としてきた。それが、景観の問題を指摘されたり多額の費用がかかることが判明すると観客数を変更し、3月の独自案では複合化の話など全く消えてしまった(ランニングコースや修学旅行生が弁当を食べるのは、空地だって出来ることなので複合化とは考えない)。発表されたのは、観客席をくり抜くというギミックを使った”原爆ドーム近くでの平和の発信”という非常に抽象的なもの。クラブとしては「主張は変わっていない」としているが、第三者の立場からすれば、コンセプトを変えながらでも、何が何でも跡地に拘るという風に見えるだろう。そして、宇品では赤字、跡地では黒字というクラブの試算を前面に打ち出したことも、一般市民からすれば「どうでもいい」のである。どうでもいいとは言葉がキツいかもしれないが、哀しい事に、要はサンフレッチェが市民にとってそれだけの存在でしかないということ。ここ4年で3度も優勝を果たしたにもかかわらず、だ。

 

市民球場跡地に対する異常なまでのこだわり

以前のブログで、市民球場跡地に対しての問題提起を書いたことがあった。好意的に捉えてもらえた意見もあったが、一部のサポーターからは「今更何言ってるんだ」「クラブの経営状況理解してんのか」と言った軽蔑をされ、批判や中傷のメッセージなども送られてきた。挙句の果てには分断工作員認定や、情報弱者の哀れなサポーター扱いである。まるで「跡地を支持しないものは人間に非ず」と言わんばかりだ。そして、望む望まないにかかわらず候補地に挙げられただけの宇品という土地そのものに対しても徹底的に攻撃するというスタイルには本当に閉口する。現職市長を批判し、エディオンスタジアム周辺を貶しながら跡地建設を訴えた市長選の時とまったく同じ。あの教訓から何も学んではいない。宇品が無くなったからといって、跡地に決定するという単純なものではないのに。

それにしても、クラブと一部のサポーターが広島行政を悪の権化と見立て、全方位を敵に巻き込みながらも、市民球場跡地に異常にこだわるは何故なのか。「エディオン本店の目の前だから、利益を生み出そうとしている」という見方もあるようだが、スタジアムに来る観客が電化製品を買って売上げ貢献するとはあまり考えられない。実際にあったとしても、全体売上からすれば微々たるものだろう。

 それよりもこの地へのこだわりは、「面子・プライド・イデオロギー」といった情念によるところが極めて大きい。「市民球場跡地」なのだから当然ながら、以前この場所を使っていたのは広島東洋カープである。戦後の広島の象徴であるカープが長らく使ってきたこの地に、サンフレッチェ広島という新たな時代の広島の象徴を打ち立てる。それは「野球<サッカー」を証明することになる。そして、"広島の闇"として批判し続けてきた行政に対して、勝利の凱歌をあげるのだ。くだらない。心底くだらない正義感だ。「アクセスが良いから跡地にこだわっているんだ」と言う人もいるだろう。それに対しては、アクセスに頼らないといけないようなコンテンツが、広島のど真ん中でやっていけるんですか?としか言いようがない。

 

今、サンフレッチェ広島がやらなければいけないこと

「サンフレッチェには時間が無い消滅するぞ」「J3降格や県外移転してもいいのか」などと言われれば、それはそれで仕方が無いですねと言うしかない。ここまでの状況を生み出したのはクラブの責任でもあり、サポーターの所業でもあるのだから。こうやって拗れてしまったスタジアム問題は、最早どこに建とうと皆から祝福されるものにはならないだろう。宇品に建てればサポーターに愛されないスタジアムとなり、跡地に建てれば市民に愛されないスタジアムになるだけだ。一度、このスタジアム問題は白紙にして、ゼロから考えるべきだと思う。今はスタジアム建設の機では無い。

どうしてそう思うか。それはサンフレッチェ広島が、クラブの存在価値を上げることが出来ていないからだ。もっと言えば、ここ数年間クラブが好成績を収めている時に、しっかりとブランディングが出来ていれば、スタジアムの話題も市民の関心を得られたはずだ。だが、クラブはこの間もエディオンスタジアムのアクセスの悪さを訴え続け、サポーターもそれに同調し「中心部であれば集客が上がる」との主張をしてきた。集客努力を怠ってきたとは言わないが、実際問題としてスタジアムのアクセスの不便さを訴え続けたことによって、集客は上がるどころか減少傾向にある。結果を見れば、努力が足りないと言われても仕方ないだろう。実際、営利主義だと批判の的になるカープなどは、豊富なグッズ開発や「カープ女子」なる造語を生み出しながら、いかにして集客するかという細かい営業努力をしている。「カープは昔からあるから」などという問題とは別次元の話だ。

サッカーは野球とは違い、ちょっと気楽に見に行くという観戦スタイルはなかなか成立しにくい。その代わりといっては変だが、ハマる人は徹底的にハマり、少々の時間をかけてでもスタジアムに通い続けるリピーターとなる。埼玉スタジアムだってカシマスタジアムだって一般的に見ればアクセスが良い場所とは言えないが、多くのサッカーファンが駆けつける。それはコンテンツの魅力がアクセスを上回るからに他ならない。広島において存在価値を高められていないサンフレッチェのスタジアムが街なかに建てたからといって、単純に観客数が増えることは考えにくい。

だからこそ、サンフレッチェは今出来る事を少しずつでもするべきなのだ。アクセスのせい、広島のメディアのせいにしていても、何も変わらない。集客の為に出来ることは、まだまだ出し尽くされてはいないだろう。コンディションの関係上難しい部分もあるだろうが、選手をもっと露出してアピールするのもいいだろう。色々な公共交通機関に広告を増やして、とにかく目に止めてもらうことから始めないといけない。地元企業の泥臭いドサ周りだって必要かもしれない。集客への特効薬など何もない、地道な努力が今こそ必要なのだと思う。スタジアムを作るのが先か、人を集めるのがが先か。よく考えれば答えは自ずと出てくるだろう。

 

まあこんな事を書いても一部のサポーターには元サポを装う工作員だと言われるんだろう。そんな人達はいつまでも全方位を敵に回して、TwitterでRTしあっていればいい。そんなことでスタジアムが建ちはしないから。